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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)874号 判決

控訴人(原告) 堀節治

被控訴人(被告) 浅草税務署長

原審 東京地方昭和三二年(行)第五一号(例集九巻四号66参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を東京地方裁判所に差戻す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるから、こゝに引用する。

控訴代理人は次のとおり述べた。

収支計算書は特定の経済行為の金銭的一覧表であるから、収支計算書の提出を命ずるには、経済行為を特定しなければならない。しかるに控訴人は東京国税局長からも被控訴人からも、経済行為を特定して収支計算書の提出を命ぜられたことはもちろん、それを示唆されたこともない。被控訴人が本件更正決定をなすにいたるまでに、浅草税務署の住友係員から昭和三十年十一月二十日に控訴人に対し訴外大沢園子に対する貸金の利息についての収支明細表の提出を求められ、その後控訴人の代理人内山計理士との間に昭和三十年度の控訴人の所得を百六十万円となす旨の協定が成立したのである。また昭和三十年度において控訴人には雑所得に該当するものはないので、更正決定において認定された雑所得がいかなるものであるかは全くわからなかつたので、収支計算書は提出できない状態にあつたのである。従つて控訴人が右のような補正命令に従わなかつたものとしても、控訴人の本件申請は却下さるべきではない。しかも本件においては、被控訴人は職権で控訴人の所得を調査して更正決定をなしたので、必要な資料を有しているのであり、東京国税局長は右資料によつて実質的審査をなしうるのであるから、控訴人に対し収支計算書の提出を求める必要はなにも存しなかつたのである。よつて控訴人の本件申請を却下したのはたやすくできる実質的審査を回避して、形式的な方式違背を理由としてなしたものであるから不適法なものといわなければならない。

当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるから、こゝに引用する。

(証拠省略)

理由

左記の事実は当事者間に争がないが、或は被控訴人の明かに争わないところである。すなわち、控訴人が昭和三十一年三月に被控訴人に対し昭和三十年度の所得額について原判決添付別表第一記載のように確定申告をしたところ、被控訴人はこれに対し原判決添付別表第二記載のような更正処分をなし、且つ過少申告加算税額を決定し、同月二十一日控訴人に通知した。控訴人は右更正処分に対し同年十二月十八日浅草税務署に東京国税局長宛の審査請求書と題する書面を提出したところ、被控訴人に対し同月二十一日収支計算書及び貸付金明細書を提出するよう補正を命じ、次いで、東京国税局長が昭和三十二年三月二十五日附で控訴人に対し収支計算書を提出するように補正を命じた。それなのに控訴人は右各命令に応じなかつたので、東京国税局長は昭和三十二年六月六日附で審査請求を却下する旨の決定をなしてその旨控訴人に通知した。

所得税法第五十一条によれば、更正処分の取消を求める訴は、原則として審査の決定を経た後でなければこれを提起することができないと規定している。これは行政庁に対し一応その処分について再審理の機会を与えて、処分の公正を期すると共に、なるべく争訟手続によることを避けさせようとする趣旨であるから、右規定にいう審査の決定は、原則として、適法な審査請求に対し実質的な審理を経たうえでなされた決定を意味し、行政庁が処分について実質的な審理に入る必要のない不適法な審査請求に対しこれを却下した決定を含まないと解すべきである。しかし、審査請求が適法になされたにもかゝわらず、国税庁長官又は国税局長が誤つてこれを不適法として却下した場合には、本来行政庁に処分について再審理の機会が与えられていたのであるから、却下の決定であつても、これを前記規定にいう審査の決定にあたると解すべきである。

上記認定の諸事実及び各その成立に争のない甲第一、第六号証によれば、控訴人が昭和三十一年十二月十八日浅草税務署に提出した書面の内容は、本件更正処分に対し不服を申立てる趣旨であることはまことに明らかであつて、被控訴人も上記認定のように補正を命じて再調査請求として取扱う態度を示していたのであるから、右書面の表題は審査請求書と題し、また右名宛人は東京国税局長宛にはなつてはいるが、右書面の提出により被控訴人に対する再調査の請求がなされたものと解するを相当とする。

右請求については、請求の日から三ケ月にあたる昭和三十二年三月十八日までに被控訴人が所得税法第四十八条第五項所定の決定をなしたことについては、被控訴人においてなにも主張立証していない。よつて、同法第四十九条第四項第二号により同月十九日東京国税局長に対し、控訴人から審査請求がなされたものとみなさるべきである。もつとも当審証人住友正昭(第一回)、浜田泰司の各証言によれば、前記審査請求書はすでに同年一月二十九日浅草税務署長から東京国税局長宛送付されていることがうかがわれるが、その取扱の誤りは、再調査請求が審査請求とみなされることにより治癒されたというべきである。

再調査請求の方式及び手続については、所得税法施行規則第四十七条により一定の事項を記載した再調査請求書に証拠書類を添付してこれをなすべきものと定められており、審査の請求についても、同施行規則第四十八条に同趣旨の規定が置かれているから、当初の再調査請求に際し証拠書類が添付されていないときは、その請求の方式手続にかしがあるというべきである。かような場合に右再調査請求の段階でそのかしの補正がなされていないときには、再調査請求が審査請求とみなされることによつて当然に右かしが治癒されるものではなく、証拠書類を添付しないかしのある審査請求があつたものとみなされると解すべきである。従つて、国税局長は相当の期間を定めてそのかしの補正を命ずることができ、その補正がなされないときは審査請求を不適法として却下できるといわなければならない。右のように、再調査請求をなす者に対し証拠書類の添付を要求しているのは、能率的に再調査をなして適正な処分をなすことを期しているからである。従つて、この場合の証拠書類は、当事者が不服を申立てているものに限らるべきで、不服の申立てをしていない部分に関するものまでは必要でないと解するを相当とする。当事者がその証拠書類を提出しないので、税務署長或は国税局長が当事者に対し欠缺の補正を命ずる場合も、右のように再審査を請求せられた範囲内のものの提出を命ずればたり、不必要なものの書類の提出までを命ずべきでないといわなければならない。

上記甲第一、第六号証、各その成立に争のない甲第二、第四、第七号証、乙第一号証並びに当審証人住友正昭(第一、二回)、浜田泰司の各証言を綜合すれば、左記の事実を認めることができる。すなわち、昭和三十一年十月から十一月初旬にかけて数回にわたり、浅草税務署の担当官は控訴人に対し昭和三十年度の非事業貸付金について、ことに貸付先の一部については具体的に明示して、収支を明らかにするよううながしたが、控訴人も貸付金による利子収入のあることは認めながら、ついにこれに応じなかつた。被控訴人は上記認定のように控訴人に対し更正処分をなすにさいして、控訴人から確定申告がなされなかつた雑所得二百二十六万五千円の認定が主要部分であつたが、その他についても項目毎に確定申告の分と更正した分とを明示されている。控訴人は、上記認定のように昭和三十一年十二月十八日附で更正決定について審査請求をなすについても、審査資料として、追つて計算書、明細書及び証拠書類を提出すると明記していた。その後控訴人から、なんの書類をも提出されないので、上記認定のように、被控訴人は同月二十一日附補正命令で収支命令で収支計算書と共に貸付金明細書の提出を命じ、さらに東京国税局長は収支計算書の提出を命じて、東京国税局の係員も控訴人と交渉し、控訴人も昭和三十二年四月一日附で投資先の株式会社山水社関係の書類も追つて提出する旨を上申したが、ついになんの書類をも提出しなかつた。上記諸認定に反する原審並びに当審(第一、二回)での控訴人本人尋問の結果は上記各証拠に照し合わせて信用できないし、外に上記諸認定を動かすことのできるなんの証拠もない。

右認定の諸事実からすれば、東京国税局長のなした補正通知書及び被控訴人のなした補正通知書の一部は、形式的にみれば控訴人主張のようにいかにも不明確で、不必要な書類の提出を命じているものであると認め得られるようであるが、上記認定のような経過を合わせ考えれば、控訴人はどんな証拠書類を提出することが必要であり、提出を求められている書類がなんであるかは十分に了知していたが、少くとも了知し得たと認めるを相当とする。従つて、右各補正命令は控訴人主張のようなかしあるものではなく、有効なものと解するを相当とするのに、控訴人は所定期日までになにも証拠書類を提出しなかつたことは上段認定のとおりである。よつて控訴人が上記認定の補正命令に応じなかつたことを理由として、所得税法第四十九条第六項第一号により却下した東京国税局長の処分は正当といわなければならない。

控訴人が本訴で取消を求める本件更正処分については、所得税法第五十一条所定の審査の決定を経ていないから、本件訴は訴願前置の要件を欠き不適法なものであるといわなければならない。よつて、控訴人の本件更正処分の取消を求める本件訴を不適法として却下した原判決は正当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)

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